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トマタマ

スポンサーKataribe

何でもない日常会話こそ宝物

大切な人が大病で入院してしまいました。
医学的な事は何も分からない。
とても心配になり、友人がどのような病に犯されているのか、ネットで病気のことを色々調べたり、本屋で難しい本を立ち読みしたりしました。

『その人の立場になる。』
ということが、大変な状況にある人を理解する上で大切なことだと思っている自分は、ひたすら知識を頭に入れようとしました。同じ病で苦しんでいる人のブログを読んだりもしました。

ですが、心は痛むばかり。「大丈夫だよ。元気になるよ。」なんて言葉は簡単にかけられそうもないことを、病気の事を詳しく知るたびに痛感しました。

友人は、特別治療室で沢山の管をつけられ、横たわっている日々。

何か力になりたい。
その気持ちの行き着いた先は、自分の毎日、社会のできごとを毎日書くことでした。

友人が入院したのはまだ肌寒さが残る3月。
3/15
「今日は桜の蕾が膨らみだしました。」
3/16
「今日は寝坊をして会社に遅刻してしまいましたが、なんとか契約が1つとれました。」
3/17
「今日はカレーライスを作ってみました。新じゃがを入れたら春らしいカレーができかあがりました。」
3/18
「今日は君の好きなサッカーチームが逆転ゴールで勝ちました!」
......

短い文章を、毎日毎日、送りました。
自分は自分で必死に日常を生きている。それを伝えることで、友人を特別扱いするのではなく、共にに生きているよ!
という自分なりのエールでした。

他の友人は、退屈だろうからと、ポータブルゲームや本をあげ、それぞれのやり方で励ましていました。

自分は、中々お見舞いに行くことができませんでした。忙しかったせいもあるけれど、それはどこか言い訳で、元気な姿で再会することが、友人のプライドを守ることだと、長年の付き合いで感じていたからです。

4/5
「今日、桜が咲きました。コートもいらなくなり、春の訪れを今年も感じています。」

そのメールを送った翌日、友人から初めての返事がきました。

「毎日、様子を教えてくれてありがとう。
なかなか返事ができずごめんなさい。
やっと管がとれ、メールが打てるようになりました。毎日、君からのメールを読むのが楽しみでした。立ち上がることもできない身体で、外の様子や、君が頑張っている姿を想像することができて、早く自分も日常生活に戻りたい。と、前を向くことができるようになりました。5日後が退院予定です。暫くは酒が飲める状態ではないけど、必ず復活してみせます。」

涙が溢れました。心の何処かでは、くだらないことを毎日送って、友人を傷つけてしまっていたら、と不安になったこともあったからです。

今では友人と以前のように焼酎を呑み、特別な日常の尊さを噛み締めています。

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最終更新日:2017-01-09 04:52

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